土井晩翠 荒城の月
土井晩翠(つちいばんすい) 荒城の月 春高楼の花の宴 めぐる 盃 さかづき 影さして 千代の松が 枝 え 分け出でし むかしの光今いづこ 秋陣営の霜の色 鳴きゆく 雁 かり の数見せて 植うる 剣 つるぎ に照り沿ひし 昔の光今いづこ ...

10.19:土井晩翠忌
花もなき夜半に一献 土井晩翠忌 ほにゃらか 10.19:土井晩翠忌 「荒城の月」などの作詞で知られる土井晩翠は、1952年(昭和27年)の 今日が命日。荒城の月のモデルはどこかもよく問題になるが、 出身地の仙台・青葉城跡と会津若松の鶴ヶ城跡 ...

55年前の今日詩人土井晩翠死去。英語教師時代の発音は仙台弁 ...
... 文化勲章受章者で詩人の土井晩翠(どいばんすい)が急性肺炎で亡くなりました。80歳でした。 ●土井晩翠といえば、作曲家滝廉太郎とのコンビで名作「荒城の月」の作詞をしたことで知られます。「♪春高楼(はるこうろう)の花の宴 巡る盃(めぐるさ ...

土井晩翠とアインシュタイン
... そのくせ、あちらこちらから、「 土井晩翠 は『 荒城の月 』を作詞した人だよ。」「へぇ~。」という会話が聞こえてくる。 みなさん、「荒城の月」や「土井晩翠」は知ってはいるけど、興味はないらしい。 私も今回るーぷるバスの駅名を見て ...

土井晩翠が想定した城
「荒城の月」の作詞者はいうまでもなく、土井晩翠(1871~1952)。この土井をどう読むかが、難しいとこ...

土井 晩翠(どい ばんすい、1871年(明治4年)10月23日 - 1952年(昭和27年)10月19日)は、日本の詩人、英文学者。本名、林吉(りんきち)。本来姓は「つちい」だが、1932年に改称。宮城県仙台市生れ。東京帝国大学英文科卒。
在学中は「帝国文学」を編集し詩を発表。男性的な漢詩調詩風で、第一詩集『天地有情』で島崎藤村と併称された。作品は「星落秋風五丈原」や、滝廉太郎の作曲が有名な「荒城の月」などのほか、校歌、寮歌にも大きな功績を残した。ホメロス、トーマス・カーライル カーライル、ジョージ・ゴードン・バイロン バイロンなどの翻訳がある。
1871年10月23日、仙台市 仙台北鍛冶町に、質屋の土井林七、あいの長男として生れた。父は文学趣味を持ち、祖母伊勢も和歌を作ったりしている。立町小学校在学時に『新体詩抄』や『十八史略』を愛読。進学を阻まれたが、のち許されて第二高等学校(現在の東北大学)を経て、1894年東京帝国大学英文科に入った。「帝国文学」を編集し、詩を発表、1898年にはトーマス・カーライル カーライルの「英雄論」を翻訳し、出版する。翌年、第一詩集『天地有情』を刊行。この詩集で島崎藤村と並び証される代表的詩人となった。二高教授として赴任後は、滝廉太郎の作曲で有名な「荒城の月」が発表され、さらに深く国民に認知された。また、日本全国の学校の校歌を作詞したことでも有名で、特に浅水小学校(宮城県登米市)などの校歌は有名である。母校である立町小学校の校歌も作詞した。
土井晩翠の詳細